この記事を書いた人

こんにちは。

たえと申します。

このたびは、当ブログにお立ち寄りくださりありがとうございます!

東京スカイツリーのふもとに住み、

小学校2年生と年長さんの二人の男の子を育てています。

37歳で結婚し、40歳を過ぎて不妊治療を開始、2年後に妊娠しました。

一人目の時は、時短を活用しながら正社員として働いていましたが、

二人目を出産後は、要領の悪さが拍車をかけ、忙しさが2倍以上になりました。

そんな折、勤めていた会社の収益が悪化、私は関連会社に転籍になりました。

元の職場は不動産の賃貸部、転籍先はマンションの管理会社でした。

同じ不動産業界でしたが、仕事内容はまるきり変わりました。

今までの知識はほとんど役に立たなくなりました。

20歳年下の2年目の同僚から教わり、業務を一から覚えることになりました。

48歳になっていた私は、育児の疲れもあり、記憶力が低下していました。

家で勉強できればよかったのですが、2歳と4歳の育児と家事で忙しく、身を入れて勉強する時間はとれませんでした。

管理会社の業務上、会社は年中無休でした。

社員は交代で休みをとり、残業をすることが常でしたが、それができない私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

時短で働くことは社則で認められており、誰も私を責める人はいませんでしたが、誰よりも早く帰り、こどもが病気の時は休み、業務がよくわかっていない新人の私が誰よりも働けていない状況はとても居心地悪かったです。

そんな中、母が糖尿病からくる胆管の病気になり手術をうけることになりました。

手術は成功しましたが、認知症が始まっていた母は手術したことさえも覚えていない状態でした。

それまで育児と仕事で忙しく、母の面倒は同居する兄と父に任せていていました。

私はほとんど見れず、家族にも心苦しく思っていました。

仕事も育児も母の介護もどれも満足にできていない私は会社を辞め、母の介護をすることにしました。

手術後の病理検査でガンが見つかり、母は1年もたたずに亡くなりました。

私は、今、パートで働いています。

50歳近い自分が会社を辞めたら正社員として転職できないと分かっていたので、会社を辞めることは恐怖でしたが、実際会社を辞めてみて分かったのは、人生は終わりませんでした。

確かに収入は激減しました。

でも収入の代わりに、可愛い盛りのこどもと関わる時間、自分の自由な時間を持つことができました。

今までできなかったことができるようになり、心に余裕がうまれ、それまで時間に追われていたきたと感じていた「死にたい」と思う気持ちがなくなりました。

月々入ったものは、月末には食費と雑費に消えています。

旅行や服など自分の欲しいものが出てきたときは、貯金を切り崩しています。

うちは男の子二人なので、これから増え続けるであろう食費と教育費のために、もっと働いて収入を増やさなくてはいけないと思ってます。

とはいえ、内向的な性格で物覚えも悪いし、そんな50歳過ぎの主婦を雇ってくれるところはなさそうなので、在宅で働きたいと思ってます。

計らずとも色んな事情で出産が遅くなってしまうのですが、高齢ママってなにかと大変ですよね。

年老いた親に育児を手伝ってもらえないし、親もそろそろ介護が必要な年になるし、自分も更年期になってキツクなっているし。

私の場合は、寝込むほど体調の悪い時が何度かありましたが、どちらかというと精神的な落ち込みが続きました。

精神科にお世話になることもありました。

でも、今は落ち着いてます。

色々あって思うのは、何よりも心身の健康が一番だと痛感しています。

お母さんが元気でいないと、こどもの気持ちも不安定になるし、夫への愚痴もでてきて、家の雰囲気が悪くなります。

こどもには罪がないし、未来あるこどもに悪影響になることはしたくありません。

頼れる親になりたいし、何かあれば相談に乗れる親になっていたい。

それには、仕事もしたいし、見た目も若く保っていたいです。

このブログでは、高齢ママが悩みがちなアンチエイジングや、こどもの能力を開花させるための教育、効率がいい家事、毎日を楽しく過ごせる知恵を書いていきたいと思っています。

私の経験でよかったこと、うまくいったことをお話して、少しでも皆さんのお役に立てたら嬉しいです。

お付き合いの程どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)